2008年11月アーカイブ

蒔絵(JAPAN)

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11月26日、京都国立博物館に「蒔絵japan」を見に行きました。

数多くの蒔絵を見るうち、感嘆しながらもしだいに足が速くなってきたところ、第6のコーナーで説明文に感嘆しました。

第6のコーナーは、欧州の王侯たちのコレクションが紹介されていました。その作品が江戸時代、町民たちに店頭で売られていたものを貿易商が入手し王侯貴族たちに届けたものなのです。

説明文は「これらのコレクションが大切に保存されて、蒔絵が江戸時代に広く庶民にまで流通していた事が証明された」という内容でした。英文の解説も見事でした。この時代の品物は国内には残っていないのだそうです。時空を越えて、蒔絵は旅をし、歴史の闇のなかで光り続けているのです。庶民と王侯、高級品と日用品、文化と交流、このコーナーにはキーワードが豊富にちりばめられていました。

その英文解説者は知人だとわかりました。それも驚きでした。

不動産コンサルタント協会の例会が11月18日、名神不動産様の新事務所で開催されました。前日、環商亊が自己破産を申請したばかりで、市場の行方を一同、心配しています。環商亊の行き詰まりは予想はされていたものの、余りに突然でした。

これは今回の危機が深刻な事態であることを想起させるに十分です。

京都の不動産市場は全般的に1割は下がるでしょう。都心の築浅(築後10年ほどまで)マンションはのきなみピーク時、坪@200万台をかるく超えていましたが、この秋、@160万ていどまで低下。御池通以北の近隣商業地はピーク時、300万ほどでしたが、今、@150万から180万ほどになってきました。下鴨はピーク時、@300万台、今は@160万前後で推移しています。

経験則ですが、都心マンションの価格と近隣商業地価と一等地の住宅地価は相互に影響しあっていて、価格は連動して動く傾向があります。下鴨の地価に詳しい狩野さんと意見は合います。

皆様も参考にしてください。

「コンフォール」シリーズで、本格的な景観時代をむかえた京都の都心マンション市場をリードしてきた、環商事が11月17日、いきなり自己破産しました。

社長の川越さんとは親しく、とくに田の字エリアのマンションについて意見交換してきました。残念です。

ところで、私はマンション管理会社も経営しておりますが、売主が倒産したマンションもあって、苦労しています。何故かというと、大規模修繕計画立案に、建築確認書など必要な書類が確保できないのです。大規模改修に欠かせない長期修繕計画の正確な策定には、内訳明細書にある数量があればきわめてスムーズにいきますから。

それから、環商事が分譲したマンション住民の方は破産管財人と、これらの書類が分散、紛失しないよう、また管理組合に移管するよう交渉しなければなりません。傍観していてはあとからたいへん困ることになるでしょう。

恒例のF1例会が11月15日、開催されました。地元有力企業のオーナー社長が会員です。

緊迫する景気動向をうけて、不動産市況の見通しについていつものように率直な意見交換を行いました。

まず、地価の先行きについてですが、会員の大勢は1990年代のバブル崩壊のような、地価がピーク(1989年12月から1990年3月)に比べて、1割とか2割なるような事態はおこらないと予測します。

京都の場合、地価は新景観政策の公表時、2006年春から秋がピークでした。その後、地価は下落傾向を辿っています。それでも、ピーク比、2割から3割ていどダウンの水準でしょうか。

たとえば、京都の住宅地の一番、下鴨はピーク時が坪@180万前後、今140万から160万あたりで成約しています。

また、都心の中古マンション、ピークが坪@160万、140万前後に下がって、弱含みながら、この水準で推移しています。

底値をどう読むか、一番難しいところですが、参考になるのは今回の地価上昇開始前の、2003年から2005年の価格です。この価格は実は、バブル崩壊後の最安値でもあります。つまり、この20年間、あらゆる政策を動員しても、地価は底打ちしなかったのでした。

その底値は、下鴨も都心の中古マンションもいずれも、@120万ほどでした。わかりやすいので覚えておいてください。

ですから、今回の不況による地価下落が、前回の底値にまで下がったとしても、下落幅はピーク比、およそ3割ていどにはおさまるとの見方なのです。不動産業界の一部にはそういう意味で楽観論もあるほどです。

ただし、バブル崩壊と違うところは、世界的な不況、とくに主だった国がすべて不動産価格の下落局面にあることです。バブル崩壊は日本の国内で解決できましたし、実際に海外からの資金流入で不動産市場は活性化されました。今回は様相をまったく異にしていますね。

バブル崩壊後、20年地価下落が続きながらも、マンションを中心として不動産市場はいくどか、それなりに活気が出ていましたが、今後の市場をどう読めるか、読めないのか、きわめて深刻な事態も予測される状況でもあります。

しかしながら、景気の変動を受けにくい家賃相場を基準にして物事を考えていく方法があります。私たちのお客様も大小の投資家が少なくありません。預金の利息が低いので、不動産投資の魅力は衰えてないのです。収益力があるかどうかが、ますます不動産評価の基本になっていくことでしょう。

60年代の激動の時代を映像として復元して、今に問い掛ける「We 命尽きるまで」を十三第七劇場で見ました。観客はほぼ同じ世代の人たち、きっとどこかで会ったことのある方でしょう。終演後、拍手が起こりました。

11月23日まで、地下鉄北山駅を東へ1分、ギャラリー「イシス」で「全共闘の季節」という名の写真展。作家は女流写真家の草分けと言われる渡辺みどりさん。渡辺さんは東大全共闘議長の山本さんの友人、それゆえこれほどまで、現場の撮影に成功したのでしょうか。ヘルメットの色がちがっても隊列が一緒、女子学生がスカート、タバコを吸う場面がほとんどない、など興味深く時代が映像の力で再現されていますね。一度、お訪ね下さい。

円山野音の10.21国際反戦デーの復活を含め、あの激動の時代を呼び起こそうとする静かでしっかりとした動きがでてきたようです。

東京では新築マンションの完成在庫が投売り状態と言います。例えば、販売価格の3割から4割で一括処分、それを仕入れた業者が元の販売価格の3割から4割値引いて売るのだそうです。在庫を抱えた不動産業者が換金を急いでいるのです。なりふりかまわぬ様相です。運転資金が不足し、経営は危機に陥って、市場は大混乱です。

三井や三菱などの大手企業も1兆円をこえる借入金がありますが、在庫処分は人目をはばかって進める事ができません。頑張る企業のほうが大変です。

京都では東京ほどではありませんが、新築マンションや戸建の販売が不振を極めています。地場、中小の有力企業には頑張ることのできるところがあり、見切り価格の在庫処分を先延ばていますが、どうでしょうか。地価下落が進むと、不良在庫が積みあがります。けっして良い結果をもたらさないでしょう。

さて、中古市場は新築物件と違って守るべき原価がありません。毎月、相場が変化するので、上がるときも下がるときも反応は早いのです。

例えば、値下がりに敏感な中古マンション購入者は動き始めています。同じマンションで売り出し価格が下落するので、消費者には中古マンション価格の値下がりは目に見えるようにわかりやすいのです。

都心の築浅物件は昨年までは、坪@200万台で推移してきましたが、この夏以降、@150万前後に低下しました。価格は1000万ほどの下落になるでしょう。

田の字エリアの築20年から30年物は、@100万から@120万。2000万前後。

その周辺部の築浅物件は、@90万から@110万。1000万台後半。

築20年から30年物は@70万から80万。1000万台前半。

2008年末の相場を外観すれば、以上の通りです。

中古マンション相場について、毎日のように、各社の営業社員から照会があります。激動期なのです。消費者の皆様もこれらの相場価格を参考にして、相場より高い理由、また安い理由を調べて納得のいく買い物をしてください。

当社は分譲マンション賃貸で実績があります。賃貸住宅の管理受託はおよそ500戸ほどになりますが、「分譲貸し」が一番多いのです。

「分譲貸し」の良い点は住民が買って住んでいるので人間関係が安定し、賃借人も安心して暮らせることです。分譲マンションは一般に立地に優れていますから、この点でも人気物件です。

このような期待にこたえるために、築年数が20年を超えると、大改修を提案しています。キッチン、バス、トイレなど水まわりの新調が基本です。20年以上前は、まだ住宅が不足して時代の名残で部屋をたくさんつくりました。60㎡で3LDKが標準タイプでしたが、少子化時代に入り、またマンション志向も多様化して、個性的な間取りが受けいれらるようになり、大改修もこうした視点から提案しています。

友人の堀井行政書士が訪ねてきて、新築マンション価格の内訳を教えてほしいと。マンションはもちろん、土地と建物から成り立っています。土地は敷地全体を建物の区分所有者で共有しているので、登記されている土地の共有持分から、所有している土地の面積が計算できます。土地の坪@もしくは㎡@価格を調べ、土地価格を産出し、マンション価格から差し引き、残りを建物価格とみなせばよいのです。残価法と言われています。

このマンションの場合、土地価格と建物価格がほぼイコールでした。5階建てから7階建てぐらいまではこのようになります。11階建てや15階建てなら、およそ土地価格は3分の一から4分の一でしょう。

逆に、建物価格から計算する方法もあります。土地の単価が調べにくい場合は、建築単価のほうが目途を立てやすいからです。平均的な坪@建築費は60万円ぐらい、㎡@18万。この単価を使えば、建物価格が計算できます。ただし、注意しなければいけないのは、登記面積は内法になっていることです。マンションには廊下、エントランスなど共用部分があります。ですから、登記面積に1.2倍から1.3倍してから、単価をかけます。固定資産税の証明書にはこの共用部分の面積を加算した数値がでていますから参考にしてください。

11月1日、京都マンション管理組合懇談会がありました。会場はコスモ御池富小路の会議室。その場で、新景観政策で不適格となったマンション価格が話題になりました。会員の一人が土地価格を一定にして、建物価格がしだいに減価していくグラフを配布されました。縦軸が価格、横軸が時間です。建物価格はいずれゼロになるように表現されています。不適格かそうでないときはどのような傾向になるか予測できないかと問題提起したのです。

さて、不適格マンション価格の減少をどのようにとらえるか。新景観政策実施による不適格マンションの暴落はおきなかったので、因果関係の証明はきわめて困難になっています。京都市を相手に損害賠償の訴訟を起こすにはその被害を証明しなければなりませんから、こうしたアプローチは有効で派ありませんね。ではどう理論武装したらよいのでしょうか。私は再建築不可物件の問題ととらえます。再建不可のマンションはそれが明らかになったときに、価値はかりりなくゼロに近づくでしょう。土地価格も含めて。再建不可のマンションは解体も処分もできない不動産になるのです。この議論をみなさんと深めていきたく考えます。

さきほど、マンション価格計算に共用部分を忘れないでと注意しました。もうひとつ、効用があります。マンション価格にはこの効用がしめる割合が少なくないのです。

例えば、最上階の眺望のよい部屋と、下階の眺望を隣家の屋根がせえぎっている部屋とを比べましょう。最上階の部屋の価格はさきほどの計算方法、つまり土地の持分価格と建物価格の合算では説明がつかないのです。眺望や通風、日照など上階のマンションにだけ生まれる効用が加算されているのです。マンションはとても不思議な不動産なのです。

この効用という視点から考えれば、新景観政策により、11階建てのマンションが5階建てにしか建て直せないとしたら、効用の大部分を失って大きく価値を減少することになるはずです。この場合、価値の減少は、マンションの各住戸の時価を計算して全体価格を算出し、時点ごとにその推移をおいかけていくことになるでしょう。

それでも、再建不可問題が顕在化しない限りは、目に見えて減価していかないものと私は経験則で予測します。人が現にすんでいて、すみつづけることができるマンションの価格は耐用年数の経過と言う緩慢な変化でしか現れないでしょうからです。

それゆえ、新景観政策実施による暴落が起こらなかったともいえます。この点にマンションの確かさ、強さもあります。マンションの未来を見出して、管理と流通の問題に取り組むなかで、不適格マンション問題を解決したく考えます。

私のまわりにはパレスチナにこだわる人が少なくない。その一人が「さわさわ」というミニコミを発行しています。最近、第5号が届きました。そこでは短歌の寄稿がめだちます。今号の題は「肉親」。

「無理を言う母たしなめるわが口調ふと気がつけば母に似ており」森本忠紀(発行人)

「月見草月見草また月見草父に引かれて歩みし河原に」さわ女

エッセイの一部を紹介。刑務所に面会したときの印象を次のように表現。

彼女の顔は憑き物が落ちたように爽やかと言うか、慈悲に満ちたまなざしであった。それは京都・広隆寺の弥勒菩薩のようであった。-----カール・ヤスパースが----この弥勒菩薩を見て「人間が達しえる最高の姿である」「しかし、こんないい姿、いい顔になれるのは、過ちを犯した人、罪ある人でなければこうはなれない」

10月28日、彌光庵で歎異抄の会。その夜も「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」をめぐってはてしなき議論。歎異抄とヤスパースの言葉と通底するものがあります。本当に心引かれる言葉です。

当日はいわゆる一切の寄進をこばんだ親鸞をめぐって、論争。結局、真宗のプりミティブな形態は無教会主義、自己否定の教団でしょう。

真宗教団のプりミティブな形態に内包されている革命性が、蓮如の時代によみがえったのでしょうか。蓮如までの真宗教団はたとえば仏光寺派など既成仏教化し戦闘性を失っていたように思われます。親鸞を継承するとは言っても、ほとんど無名に近い蓮如は真宗教団の原始的なエネルギーに火をつけて廻ったのです。

地価に先安感

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不動産流通懇談会が10月30日、ゼロ四条支店にて開催されました。金城さん(ゼロ)、井上さん(建都住宅販売)、西村さん(ハチセ)、合田さん(京都相互住宅)、村田さん(東洋産業)、槇野さん(エリッツ)が参加し市況情報を交換。いづれも、新築住宅供給や中古住宅流通などで実績のある会社ばかりです。

現在の売れ筋、1000万台の中古マンション、2000万台の築浅戸建て、築浅なら木造三階建ても売れている、新築戸建ては3000万台。

賃貸市場でも空家が増えつつあり、家賃相場を下落させるでしょう。

バブル崩壊時には、一気に下落していったが、今回は下落テンポはゆっくりしている。在庫を抱えながら、各社頑張っている。在庫調整も長引きそうです。しかし、バブル時は金融機関が不動産業者を支えたが、今回は支援しない様相。そのため、上場企業の行き詰まりの表面化があいついでいます。中小企業もしだいに経営悪化し、地価動向をはじめ市況に影響をおよぼすことになるでしょう。

プロの間では地価の先安感が強く、お地価来年の相場は全く予想しがたい状況にあります。

「沖縄ノート」のなかでの集団自決問題の記述が訴訟になり、10月31日高裁判決がありました。判決は格調高いもので、大方に好意的に受けとられています。「寛容さこそが自由な言論の発展を保障する」、大江健三郎が感動的に引用しています。

判決の一部をご紹介します。新しい資料の出現から生じることのある「著者に対する将来にわたるそのような負担は、結局は言論を萎縮させることにつながる----。その時代の大方の意見が形成され、さらにその大方の意見自体が時代を超えて再批判されてゆくというような過程を辿るものであり、そのような過程を保障することこそが民主主義社会の存続の基盤をなすものといえる。-----仮に後の資料からみて誤りとみなされる主張も、言論の場において無価値なものとはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障するものといえる。」

11月3日は円山音楽堂で憲法集会。1000人の参加、宗教者をはじめ、多彩な人たちが会場を埋めました。家内はネコを連れて参加。大谷派教学研究所スタッフの山内小夜子さんの一人姿も。共産党と新左翼が同席するのもかっては思いもよらなかったこと。

その夜、元沖縄県知事を囲む会があって参加。ここにも、洛陽教会牧師の府上さんなど宗教家を始め党派を超えて、実に多様なメンバーが集まりました。

沖縄問題を語る人たちの知識レベルは高いと感じました。沖縄県では何しろ、地元紙が二つもあってしかも2紙ともにリベラルな立場から、集団自決問題はもとより、米軍基地問題など、世論をリードする役割をになっています。今は亡き、敬愛する師岡先生も沖縄を晩年の活躍場所として選び、かの地で亡くなりました。

その夜の会合でも、「師岡先生が生きておられたら」と回想される方がいました。師岡先生も時代に誠実に向き合いつづけた人でした。これらの地元紙に寄稿し沖縄では大切にしていただいていたようです。師岡先生は立命館時代、大学を支配する既成左翼を否定、全共闘を支持する立場を貫き、そのため大学を追われました。同志でした。

 

サガンとサルトル

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日経新聞の連載「奇縁まんだら」は欠かさず読んでいます。11月2日も興味深い内容がありました。「サルトルの死ぬ1年ほど前から2週間毎にふたりでデートし、食事していたというレストランにも行った。二人は誕生日が6月21日で、サガンはそれを喜び、サルトルの文学と人間に絶大な賛歌を捧げていた。そこではふたりの名を冠してそのテーブルが残っていた。すでに盲目だったサルトルに、サガンはそのテーブルでやさしく肉を切ってあげていたのだ。」

筆者は瀬戸内寂聴。この三人のつながりに興味がつきない。サルトルといえば実存派の創始者。沖縄の集団自決裁判で被告となった、大江健三郎とおなじく、戦闘的で誠実な人間像が思い浮かんでくる。ちなみにさし画は横尾忠則。彼もかって表現者ながら政治的には急進的な立場をとっていたのです。

サガンとサルトルとの組み合わせには驚いたが、寂聴が披露するのも珍しいという印象。ちなみに、寂聴は父が故郷の徳島で20代、田代愁を名乗って詩を書いていたときからの有名人。寂聴は冤罪事件の被害者、ラジオ商殺しの富士さん救援でも大活躍された。富士さんは当時、とても活動的な女性ゆえ、誤解も少なくなく孤立し、無実のまま服役してあきらめていたのを励ましつづけたのでした。あまのや時代の旧知、故郷で活躍しているエッセイスト橋本潤一朗が寂聴と親しく、この人間関係の重層した奇縁にあらためて思いが及びました。

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