大江健三郎と師岡佑行

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「沖縄ノート」のなかでの集団自決問題の記述が訴訟になり、10月31日高裁判決がありました。判決は格調高いもので、大方に好意的に受けとられています。「寛容さこそが自由な言論の発展を保障する」、大江健三郎が感動的に引用しています。

判決の一部をご紹介します。新しい資料の出現から生じることのある「著者に対する将来にわたるそのような負担は、結局は言論を萎縮させることにつながる----。その時代の大方の意見が形成され、さらにその大方の意見自体が時代を超えて再批判されてゆくというような過程を辿るものであり、そのような過程を保障することこそが民主主義社会の存続の基盤をなすものといえる。-----仮に後の資料からみて誤りとみなされる主張も、言論の場において無価値なものとはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障するものといえる。」

11月3日は円山音楽堂で憲法集会。1000人の参加、宗教者をはじめ、多彩な人たちが会場を埋めました。家内はネコを連れて参加。大谷派教学研究所スタッフの山内小夜子さんの一人姿も。共産党と新左翼が同席するのもかっては思いもよらなかったこと。

その夜、元沖縄県知事を囲む会があって参加。ここにも、洛陽教会牧師の府上さんなど宗教家を始め党派を超えて、実に多様なメンバーが集まりました。

沖縄問題を語る人たちの知識レベルは高いと感じました。沖縄県では何しろ、地元紙が二つもあってしかも2紙ともにリベラルな立場から、集団自決問題はもとより、米軍基地問題など、世論をリードする役割をになっています。今は亡き、敬愛する師岡先生も沖縄を晩年の活躍場所として選び、かの地で亡くなりました。

その夜の会合でも、「師岡先生が生きておられたら」と回想される方がいました。師岡先生も時代に誠実に向き合いつづけた人でした。これらの地元紙に寄稿し沖縄では大切にしていただいていたようです。師岡先生は立命館時代、大学を支配する既成左翼を否定、全共闘を支持する立場を貫き、そのため大学を追われました。同志でした。

 

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このページは、天野博が2008年11月 4日 12:09に書いたブログ記事です。

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